亀岡的プログラマ日記

京都のベッドタウン、亀岡よりだらだらとお送りいたします。

技術力「だけ」で食っていける時代は、終わってるんだろうなあ。

まあ、暗澹たる気持ちになる記事である。
本は買ってみたいと思う。

 まず、筆者の次の講演者である大手半導体メーカーの常務は、自分の発表時間の半分以上を割いて、筆者の講演内容に対する批判をまくし立てた。「日本半導体の技術力は極めて高い。日本は本物の技術力を持っているのだ。湯之上の言ったことは間違っている」と。司会を務めた教授は、「温厚なあの常務が、あんなに熱くなったのを初めて見た」と言われた。

 また、立食式の懇親会にて、ある半導体メーカーの元社長が、筆者を呼び止め、もの凄い剣幕で、「お前の言ったことはすべて間違っている」と叫んだ。さすがにカチンときた筆者は、理屈で応戦した。そのやりとりは以下の通りである。

恐らく、うちの会社とかでも上層部はこういう考えの人は多い。
これだけの精度があるから、これだけ機能がいっぱいあるから、これだけのことが可能だから。

恥ずかしながら、僕だって2年程前にはそう思っていたのである。

でも、Googleの各種Webサービスを使い、i-Podを使いしているうちに、機能やら性能やらよりも日常生活の文脈の中でどう使うか、どう楽しめるかが重要だよなあ、という手ごたえを何となく感じている。

別にGoogleAppleが技術力がないと言いたい訳では当然ない。ただ、それらに対する日本携帯各社やSonyその他の製品を見たとき、カタログ値では勝っているしデータ上は他者を買ったり使うほうが良いんだけれど、実際に使ってみてどっちが気持ち良いか、というところに雲泥の差があるなあ、と。

実際、walkmanは一度買った。確かに音質はよかった。でも悪名高きSonicStageには呆れ果てたし、サーチ性の低さも残念だった。

かゆいところに手が届くのが、GoogleApple(それは他社ベンダーや有志ユーザーコミュニティを取り込んでいるところも大きいだろう)。かかなくてもいいところを(それよりももっとかいてほしいところがある!)それはそれは気持ちよく掻いてくれるのが日本メーカー。

ただ、Lang8みたいに日本でも面白い(使ってみておもしろい)サービスはいっぱい出てきてる。

日本が基礎技術の提供屋に堕して欲しくはない。