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亀岡的プログラマ日記

京都のベッドタウン、亀岡よりだらだらとお送りいたします。

ETーWESTにも行っていた

雑記

ETーWESTにも行っていたのでした。

今のところ組込み畑にはお世話になっていないのだけれど、お仕事の関係上興味あったので偵察に。
Androidをはじめとしたスマートフォンの捉え方をがちょっと変わった。

ハードウェアの汎化

ハードウェアは汎化している。最初聞いた時はピンとこなかったけれど、たしかにハードウェアは汎化している。

スマートフォンが鏑屋をひいたけれど、あの形に収束してくだろう。つまり、

  1. メインの入力はタッチパネル
  2. インターネット接続前提のクラウドデバイス
  3. ボタンは下とか側面に最小限

この形が標準になるだろう。某携帯会社に猛省を促したい。まあそれはいいや。

んで。

ソフトウェアの特化

上記デバイスの最大の利点、それはアプリによって容易に特化されること。
それこそワープロから楽器にまで、である。

…ん?これってPCと一緒なんじゃ?

そう、PCはWindowsによって汎化し、ソフトウェアとサービスで特化された。サーバーマシンとゲーミングマシンとデスクトップにアーキテクチャの差なんて毛ほどもない。もちろん性能差はあるけれど。
中に入れるアプリケーションによって何にでも化ける。

じゃあpcと完全に同じなのかというと、やはり違いはある。汎化された条件にあるクラウドデバイスであるという条件。これは大きい。

つまり、ソフトウェアだって汎化されうる。ただの窓口で良いのだから。
それで何で特化するか。それがサービスであることは言うまでもない。
そう、これからはSaaS時代なのだあああああああ!



でも。

汎化に汎化を重ねたとき

汎化は上位レベルからみれば抽象化だ。

抽象化はオーバーヘッドと紙一重だ。というか同意だ。
はたしてサービスレベルの特化で本当に面白いものってできるんだろうか?
もちろんGreeという好例もあるし、そんなに不可能なことでもないとは思うが。どこかで限界がくるんじゃないかなあという気もしている。

オーバーヘッドを防ぐための方法の一つとして、徹底的に開発者の間口を限定するアップルの戦略は正しいのかもしれない。
窓口が少なければ、制限や回収も容易だ。ソフトウェアでも、サービスでも、ハードウェアをフル回転させたパワーを得ることができる。

そんな瑣末な努力は技術の進歩が押し倒してしまうのか、クラウドは文字どおりクラウドで、重いものなど乗っけられないのか。

これからを楽しみにしたい。